エクササイズ
僅かですが、自転車の行動範囲がひろがりました。
ただ、時間帯によっては
車道を走れば車の、
歩道を走れば歩行者の、
邪魔になりそうです。
今日動いた方向は、滅多に通ることはありませんが、海沿いの道で景色の良いところがたくさんある国道です。
4月か5月頃、お弁当を持ってツーリングしてみたいと思います。
今日も、ケリー・マクゴニガル氏の著書、
を進めていきます。
「ストレスを避けるようにしていると、ますますストレスが押し寄せてくる」「ストレス生成の悪循環」について、前回のブログでお伝えしました。
ケリー氏がストレス生成の悪循環について述べたところで、「ストレスを見直すエクササイズ」を紹介しています。
是非、試してみたくださいね。
もくじ
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ストレスを見直すエクササイズ
このエクササイズのテーマは「代償を認識する」です。
3つの質問に答えるエクササイズです。
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代償を認識するエクササイズ
1.機会を逃す
イベントや活動に参加する機会や、役割を引き受ける機会があっても、ストレスが多すぎると思って辞退したり、とちゅうでやめたりしたことがありますか?
- その結果、あなたの生活は向上しましたか?それとも活動範囲が狭まってしまったでしょうか?
- せっかくの機会を逃したことで、どのような代償を払いましたか?
2.逃げる
生活のストレスについて考え、さまざまな感情が湧いてくるのを避けたり、忘れたりしたいときや、つらい気持ちを紛らわせたいとき、あなたはどんなことをしますか?あるいはどんなものや手段に頼りますか?
- ストレスから逃げる方法は、あなたが時間やエネルギーをうまく使い、良い生き方をするために役立っていますか?
- 深い意味を見出したり、成長したりするために、役立っていますか?
- 自己破壊的な方法で、問題から逃げていませんか?
3.自分の将来に限界を設ける
もし生活にストレスが生じるのを恐れさえしなければ、やってみたいことや、経験してみたいことや、受け入れたいことや、変えたいことがありますか?
- もしそれに挑戦したら、あなたの生活はどのようの向上するでしょうか?
- もし挑戦せずに諦めたら、あなたはどんな代償を払うでしょうか?
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日頃、病院や、街頭でのアンケートとかでは質問されそうもない質問ですね。
深い質問です。
わたしは、「この質問は、大きな人生の選択を迫られた時しか、自問しない質問」というふうに感じました。ですが、何か折に触れ、そんな一大事の場面で迷ってしまわないよう、先延ばしせず、いま答えておいてみてはどうでしょうか。
きっと一大事の選択時には、落ち着いて決断できると思います。
ケリー氏は、第2章をこうまとめています。
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自分がなぜストレスの多い状況に置かれているのか、その理由を忘れてしまうと、私たちは自分のことをストレスの犠牲者だと思うようになります。
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ストレスを避けようとすることの最大の問題点は、そのうちに自分自身や人生に対する見方が変わってしまうということです。生活の中でストレスを感じることが、何もかも問題だと思うようになります。
仕事にストレスを感じれば、「こんな仕事、やってられるか」と考えます。結婚生活にストレスを感じれば、「こんな夫婦関係は変だ、どうかしている」と考えます。子育てにストレスを感じれば、「自分の育て方が間違っているにちがいない(あるいは、うちの子はどこかおかしいに違いない)」と考えます。習慣を変えようと努力することにストレスを感じれば、「やっぱり無理な目標だったのだ」と考えます。
さらに、生活のストレスはできるだけ少ないほうがいいと考えていると、ストレスをたくさん感じるのは自分がダメだからに違いない、と思うようになります。自分がもっと強かったら、もっと頭がよかったら、もっとまともだったら、こんなにストレスを感じなくてすむのに、と思ってしまうのです。「ストレスを害になる」と思っていると、うつ病のリスクが高まる理由も、これである程度は説明がつきます。このような考え方をしていると、精神的に打ちのめされ、希望を失ってしまうのです。
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この本を紹介した最初の方のブログで、アリア・クラム氏の実験の紹介をしました。
ケリー氏は、そのアリア・クラム氏が同僚からかけられた言葉を書いています。
アリア氏は自分の研究プロジェクトがうまくいくか、その研究を博士論文にまとめられるかうまくいくかどうかわからなかったそうです。
研究室に遅くまで、一人悶々として居残っていた時、同僚の男性がノックして顔を出し
「エベレストの中腹は、今夜も寒くて真っ暗だね」
とだけ声をかけ出て行ったそうです。
私の頭には、「???、どういう意味だろう」としばらく考え込んでしまいました。
エベレストの頂上を目指すのに、「楽勝!」と答えられる人は誰一人いないと思います。
生死をかけた判断を、冷たい、酸素の薄い、険しい地形で、疲労困憊した状況ですることになるわけです。
登る途中で、野営し、クタクタになって床に着く時、果たしてどんな心境でしょう。
ケリー氏は
…………。エベレストの「デスゾーン」(標高8,000メートル地帯)で初めて夜を過ごす登山家が、「なんでおれがこんなつらい目に?」なんて思うでしょうか?登山家は、自分が強いストレスにさらされている理由をよく承知しています。それには個人的には重要な意味があります。なぜなら、自分で選んだ道だからです。
と説明しています。
確かに、登山家が自ら目標にした、エベレストの頂点めざして登っている途中で、つらい、苦しい、寒い、疲労困憊するストレスによって、「そういえば、なんで俺は、この山に登っているんだっけ?」と目標を忘れることは絶対にないですよね。
強いストレスの理由をよく理解しているわけです。
だれにでも「エベレスト山」があります。自分で決めたことであれ、あなたの意思とは関係なく巻き込まれたことであれ、あなたは重要な旅路の道半ばにいます。
とも言っています。
ストレスの根本的な理由を理解する。ストレスを力にしていくポイントはここにあるのかもしれませんね。
極端な言い方をすれば「エベレストの頂点を目指す人が、途中で『寒さや疲労困憊のストレス』は体に悪いから登るのはやめた」ということはないわけです。
苦労することはわかっていて、
険しい道のりであることもわかっていて、
途中で死人が出る可能性や病気になる可能性もわかっています。
そして、目標があるから、それにはストレスが伴うことも十分承知しています。
そもそも、困難なくエベレストの頂上に登れたとしたら、頂上に登る挑戦はしていないはずです。
ストレスには必ず理由があり、
その理由は、自分の心の底で大事にしている何かということです。
そして、心の底にある大事なものをわすれて(=日頃思い出すことなく)すごしていると、ストレスは害を及ぼすことがある、ということのようです。
それでは、続きはまた次のブログで。